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2012年3月16日金曜日

エルサレムの街

エルサレムの市内を観光。

ここは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地。と同時に、ここを巡って、何万人の血が流れた場所でもある。
Dome of the Rock

嘆きの壁(ユダヤ教)、聖墳墓教会(キリスト教)、岩のドーム(イスラム教)を見て回った。

「嘆きの壁」は今から3000年前に建てられたエルサレム神殿の一部が残ったもので、ユダヤ教にとって最も聖域な場所。「聖墳墓教会」は、キリストが処刑された場所であり、キリストの遺体が安置されている。「岩のドーム」はムハンマドが昇天体験をした場所とされている。

今回の旅のハイライト。

世界人口の6割が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信じていると言われている。
Wailing Wall (嘆きの壁)

宗教は違えど、真剣なまなざしで祈っている姿は、宗教を超えた尊さを感じる。

もともと、キリスト教、イスラム教はユダヤ教から生まれたとされている。全ては「Abraham」から始まった。それなのに、何故3大宗教はこれほどまでにいがみ合うのだろうか。

「ユダヤ教徒とキリスト教はどう違うのか」ユダヤ教の信者に聞いてみた。最大の違いは、ユダヤ教徒は規律を重んじ、キリスト教はbeliefsを重んじるとのこと。様々な違いが重なり合い、今の悲劇を引き起こしている。

エルサレムは奥が深い。

知らないことばかり。今度はゆっくりと訪れてみたい。

2012年3月14日水曜日

パレスチナへ

(右)アッバース大統領、(左)アラファート前大統領
パレスチナ西岸地域に入った。PLO(パレスチナ解放機構、Palestine Liberation Organization)のchief negotiatorと会うためだ。

ここはイスラエルではない。イスラエルと敵対している地域である。

パレスチナに入るためにはチェックポイントを通過しなければいけない。ここを通り過ぎると、雰囲気は一変する。人種、宗教、文字、すべてがイスラエルと異なる。ここは、モズラムの地域。町は汚い。道路はクラクションが鳴り響き、秩序は守られていない。

チーフネゴシエーターRabbo氏
PLOのチーフネゴシエーターYasser Abed Rabbo氏と会った。PLOは直近の選挙で敗れ、政権をハマスに譲った。しかし、イスラエル、アメリカはこのハマスをテロリス集団として、正式な政府として認定していない。そのため、PLOが引き続きイスラエルとの交渉パイプを持つ唯一の政党となっている。よって彼が事実上のパレスチナ側の交渉トップを務めている。

パレスチナの主張は以下の2点。

・二つの国家(two nations)を設立すること:イスラエルとパレスチナ国家
・1967年以前の国境に戻すこと(1967年の六日戦争の敗北によりパレスチナ領土は大幅に削減)
PLO本部

この点イスラエルはなんと言っているか。

建前上、イスラエルは二つの国家を支持することを表明しているが、本音は違う。現在極右のネタニアフ首相が政権を握り、パレスチナの国家設立は賛成していない。また、国境を67年以降に戻すことにも賛成していない。

Deadlock

今回、幸いにもイスラエル側、そしてパレスチナ側の意見を聴くことができた。知れば知るほど、双方が歩み寄る可能性は低いように思う。この問題を解決することは果たしてできるのだろうか。

Yasser Abed Rabbo氏は言う。「一日たりともこの問題から頭が離れたことはない。そして私たちの子供たちもあなた方のように勉強に集中させてあげたい。」

今の自分の立場を改めて幸せに思う。

街並み

2012年3月12日月曜日

レバノン、シリアの国境へ

二日目。

最初に訪れた所は、ラビンセンター。

イスラエルの歴史博物館。ラビンセンターでは、イツハク・ラビン元首相の娘さんから話を聞く機会があった。ラビン元首相は、パレスチナとの和平を推し進め、1994年にノーベル平和賞をもらった人物である。しかし、1995年に極右の青年に銃で撃たれ志し半ばで亡くなった。

ラビン元首相の娘さん
彼女が強調した言葉がある。「協調、理解、傾聴」。アラブ諸国にとってイスラエルはパレスチナ地域の侵略者。イスラエルにとってはここはPromise Land。領土問題、そこに宗教、国際社会の思惑が重なり合い、状況を複雑化させている。

「平和」。先は全く不透明。一生解決しない問題かもしれない。

午後は、イスラエルの北部に移動。シリアとレバノンの国境近くまで行った。

レバノンはイスラム武装組織ヒズボラが拠点を置く国である。その国とはわずか6年前まで戦争を行っていた。レバノンとの国境まで約800メートル。目と鼻の先である。今でもUNがパトロールをしている。いつ戦争が起きてもおかしくない地域だ。
レバノン国境

「あの丘から大砲が撃ち込まれた。今いる町は火の海になった。」元軍人のガイドからの話は戦慄を覚える。

そしてゴラン高原へ。ここは1967年の第三次中東戦争(六日戦争)でシリアから奪取した場所だ。今でも多くのシリア人が残っている。そしてシリアに忠誠心を誓っている住民が数多くいる。途中、放棄された家(今残っているのは土台のみ)が多く残されていた。

シリアとの国境近くに立ち寄った際、三大霊山の一つ青森の恐山に行った時に感じた雰囲気を思い出した。どんよりした天気がそう感じさせたのかもしれないが、重たい空気が流れているように感じた。

夜はゴラン高原で宿泊。

2012年3月10日土曜日

イスラエルへ

310日から8日間、イスラエルを旅する。ケネディースクールに在籍するイスラエル生徒が企画してくれたTrekに参加している。

テルアビブ行きフライト
9日の夜にボストンを飛び立ち、ニューヨークのNewark空港を経て、10日の夕方に無事テルアビブの町に到着した。  

Newarkでは警備が物々しかった。

イスラエル行のゲートだけ隔離されていて、再度セキュリティーのチェックを受けなければいけなかった。

これがイスラエルの現実なのか。特にここに来てイランとの核問題が更にテンションを高めている。

夕方、ホテルの近くを散歩した。夕日が地中海を真っ赤に染めていた。

平和だ。

ただ、イスラエルの人たちは、常に他国からの攻撃の恐怖と向い合せに生活をしている。殆どの家には防空壕があるという。そしてガスマスクも。

この1週間、イスラエルの現実を見て回りたい。
地中海の夕日